通信で高校卒業のサポートが受けられるトライ式高等学院

トライ式高等学院ってどんな学校?

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トライ式高等学院ってどんな学校? : トライ式高等学院なら自宅で個別授業を受けることも : 大学入学試験を受ける為の資格取得も

トライ式高等学院は、個別指導で有名なトライグループが設立、運営している通信制の学校で、個別指導で培われた技術が活かされています。
最初の開校は2010年で、以降も全国にキャンパス校が増えているのが特徴です。
分類的には、所謂サポート校に分けられますから、一般的な学校への登校が難しくても、卒業して進学を目指せる可能性が高まります。
気になるのは卒業資格ですが、トライ式高等学院は通信制高校として機能するので、必要な条件を満たせば卒業資格を得ることが可能です。
正確には、トライ式の入学時に連携している通信高校にも入学を行い、卒業時に連携通信高校から卒業証明を受け取る形になります。
つまり、何らかの理由で学校に行けなくても、トライ式高等学院なら勉強しやすく、前向きに卒業が目指せるようになるでしょう。

トライ式高等学院で不登校の傷を克服

中学時代は一年生から不登校になり、ひきこもりとして過ごしました。
一年生で編成されたクラスでいじめに遭ってしまい、登校しようとするとどうしても具合が悪くなってしまうのです。
夜の間はマシなのですが、朝が来るたびに腹痛や頭痛が酷くなり、結局中学時代はほぼ不登校で過ごしました。
今にして思えば体調不良は身体からの訴えで、どうしても行きたくない心の現れだったかもしれません。
父も母もとても心配してくれて、無理に学校に行かせようとはしなかったのは私にとって幸運だったと思っています。
中学時代をひきこもって過ごした後、通信教育なら受けられると知りました。
調べてみると通信制の高校の数は思ったよりも多く、全日制の高校と入れ替わりで授業を行っているところもあるようでした。
しかしいじめの経験から同じ年頃の、しかも普通に過ごしている人達にはどうしても恐怖を感じてしまいます。
教育は受けるべきだと主張する父と母の意見もよく判りますが、普通の学校には抵抗がありました。
中学時代に比べれば心の負担が減って外に出られるようになったものの、未だ何のためらいもなく外出できるというレベルではありません。
そうこうしているうちに数少ない友達もどんどん先に進み、人間として成長していく様子に焦りました。
あれこれと迷っている時に見つけたのがトライ式高等学院でした。
トライ式高等学院は不登校やひきこもりをサポートしてくれます。
私にとって最も魅力的だったのは、在宅型と通学型で選べる授業制度でした。
また、外に出るのは怖いですし、知らない人たちも怖い、でも何とかしなければと焦る気持ちを落ち着けてくれたのは、トライ式高等学院の先生やスタッフさんでした。
駄目で元々の気持ちで挑戦し、まずは在宅型で勉強を始めました。
心の整理がついたら在宅型から通学型へと切り替えられると聞いていたので、父母も急かさずに見守ってくれました。
遅れてしまった勉強面でサポートを受けられたのも、とても嬉しかったです。
何故勉強が遅れてしまったのかというところもしっかりと理解した上で指導してくれるため、こちらも引け目を感じずに、安心して授業を受けることができました。
最初の頃の私を指導するのは、先生にとっても大変だったと思います。
なにしろ中学時代はほとんど勉強をせずにぼんやりとして過ごしていたため、学力がとても低く、中学生なら当たり前のように学んでいるはずの物事もまったく知りませんでした。
トライ式高等学院で勉強をした後は、これではいけないと自分でも危機感を感じ、小学校時代のドリルで復習していたほどです。
復習するほどの気力が戻ってきたのも先生のおかげだといって、母はとても喜んでくれました。
私の場合、しばらく在宅型で勉強を続けた後、通学型へと切り替えました。
いじめられていた経験から他人と関わるのが怖ろしくて仕方がなかったのですが、先生やスタッフさんと関わっているうちに、世の中にはいじめをするような人達だけではないのだと思い出せたのかもしれません。
焦ったり怒ったりせず、ゆっくりと見守ってくれた先生や両親には心の底から感謝しています。
通学型に切り替えると、さらに視野が広がりました。
同じぐらいの年齢の生徒と関わるようになり、久しぶりに新しい友達もできました。
私と同じように不登校で悩み、傷ついていた人が多い環境は、私にとって居心地が良く、心が癒されていくのを実感しました。
自分の人生にとってトライ式高等学院に出会えたことが、目の前を明るくしてくれました。
こんな自分でも受け入れてくれる場所があったこと、そして受け入れるための場所を作って待っていてくれたことがなによりも嬉しく、そして有難いと感じています。